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楽譜中毒症(1)

実質最初のブログ記事になるが、まだ本格的に音楽論に入るのは時期尚早と思われるので、とりあえずどうでもよさそうな小ネタから。ホームページやプロフィールにも記載した「楽譜中毒症」とは何か、という話をここでご説明しておきたいと思う(以前にMixiのブログでご紹介したものの転載)。

 

まず「楽譜中毒症」の症状について説明しよう。これを患っている人間は普段から楽譜に接していないとすぐ薬(ヤク)切れならぬ「楽(ガク)切れ」になるのだが、楽切れになると私の場合近視と老眼の相乗効果で「ただの縞模様が楽譜に見えてくる」という禁断症状が現れる。これを解消するためには赤ん坊におしゃぶりを与えるように楽譜を与えてやるしかないのだが、昔は自宅の貧弱なライブラリーを物色するか、楽譜屋に駆け込むしかなかったものである。今ではネットの無料楽譜サイトというものが出来て、禁断症状に対する対症療法が確立しているが、「所有感」に乏しいのが泣き所である。

 

楽譜中毒症を持っている人は、私の子供時代はあまり身近にはいなかったこともあって、珍しいケースかと思っていたが、ネットが利用できるようになると世の中には膨大な楽譜ライブラリーを持っている人(プロでなく一般人)がいくらでもいることが分かり、自分がそこまで「異常」でもないことを認識して安心したような若干残念なような気分になった。私が考えるところ、こういう連中には(私を含め)下記のような困った性格がある。

 

1.何かのデザインとして楽譜の断片が使ってあって、それが何の曲か分からないと1日いらいらする。

2.曲の良し悪し好き嫌いと関係なく、臨時記号の多い楽譜、段数の多い楽譜、16分音符や32分音符の多いややこしそうな楽譜は、それだけで何となく気になる。(中二病?)

3.電車の中でとなりに楽譜を広げている人がいると、何の曲か気になって覗き込み迷惑がられる。

4.連作の1番と3番の楽譜を所有していて2番を持っていないと、興味がなくても結局買ってしまう(無料楽譜サイトがあるので、今や無意味のはずなのだが…)。

5.出張先で楽譜屋を見かけると、時間の余裕もないのに夢遊病者のように中に吸い込まれてしまう。

6.コンサートやオペラの会場で楽譜を広げ、周りから白い目で見られる。

 

こういうビョーキを説明するのに、以前は「楽譜オタク」を名乗っていたこともあったが、「オタク」という言葉は一般には「反社会的」「ネクラ」「引きこもり」というようなマイナスイメージが付きまとう一方、実際に「オタク」を名乗る人のレベルはほとんど「プロ」と言っていい水準であり、私などは自ら「オタク」をもって任ずる自信もないのが実情だ。

 

また、「楽譜依存症」(Music Score Addictive)というのも考えたが、「楽譜がないと演奏できない人」「即興性の低い演奏」という錯覚を生む可能性もあるので、最終的には最初に考えた「楽譜中毒」に落ち着いた。ちなみに、オリヴァー・サックスに「音楽嗜好症」という著書があるが、この本に描かれているのは単なる「嗜好」ではなく明らかに「特異な性格」であって、「楽譜嗜好症」などという常識的な表現では楽譜中毒の状況を表現するには不十分な気がする。

 

さてこの話はここまでがマクラで、ここから以下この中毒症の本質について分析したいのだが、長くなりそうなので残りは次回にします。ここまで読んでくださった方はお見限りなきようお願いします。