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音楽好きな脳

<最近読んだ本>

 

「音楽好きな脳」 ダニエル・J・レヴィティン著 ヤマハミュージックエンターテインメントHD刊

 

先回、脳の構造に関する本を読んだので、その流れで本書を手に取ることになった。この本は原書が2006年、邦訳は2010年に出ていて、本屋で各章を斜め読みした覚えはあるが、今回新版が出たので改めてきちんと読んでみたものである。内容は初出の時点のものなので古さは否めず、本書に記された脳の活性に関する各種実験も、多分現在ではより進んだ研究がなされているように思われる。とは言いながら、本書の取扱う範囲は音楽に関連した認知心理学上の様々なテーマを網羅していて、どのような解決されるべき問題が存在するかを鳥瞰するには便利な本であるということが言える。

 

著者はミュージシャンから音楽プロデューサーになり、さらに認知心理学者になったという経歴の持ち主で、取扱う音楽の範囲も雑多である。ただ、本書に引用された音楽の例は多くが米国のロックやポップミュージックで、私には(たぶん多くの日本人にとっても)なじみのない曲も多く、例として分かりやすいとは言いにくい。しかし知らなくても内容の理解には大きな問題はなさそうだ。

 

未読の方のために(および自分の記憶のために)内容を若干ご紹介すると、第1章~第2章は音楽の基礎についての説明で、その後からが脳と音楽の問題になる。第3章には認知心理学の基本的考え方について、第4章にはこの科学の方法論、特にfMRIの活用についての説明がある。ここまでがいわばこの学問の前提であって、この本の核心はそこから先である。第5章では記憶とカテゴリー化の問題、第6章では音楽の認知が脳に与える生理学的メカニズムについて、第7章は音楽の能力が身につくプロセスについて、第8章は音楽の好き嫌いとはどういうことなのか、まとめの第9章はなぜ音楽というものが進化の結果生じたのか、という点について論じている。一般向けの解説書としてエピソードなどでかなり盛り上げた本であり、正直もう少し焦点を絞った話にしてほしい気はする(そのため、上記の章別の構成もあまり明確に伝わってこない恨みがある)が、一応この種の問題についてあらゆる側面が触れられているように感じる。

 

著者が自ら述べているように、著者のこの問題へのアプローチは(前回読んだ本のような)脳神経生理学主体というより、認知心理学の方に近く、「音楽の構造」がどのように認知され、どのような効果を持ち、それ故に進化上選択されてきたか、ということのようである。特にこの第5章において、音楽の記憶とは何かという問いに対し「記憶保存説」と「構成主義説」という二つの立場が紹介されている。前者は「個々の(センス)データが記憶される」という考え方であり、後者は「記憶されるのはそれらのデータの関係性である」という立場であって、これらに対し著者は、両方の立場を総合した「多痕跡理論」を擁護する。すなわち、音楽の要素はデータの絶対値が認識される部分も、データ同士の関係が認識される部分もあり、それらのデータがコード化されて収納されることによって記憶が貯蔵される、ということのようである。(なんとなく両方に花を持たせたような印象がある。)

 

このアイデアは著者の研究者としての実績を反映したものである。「絶対音感」(このブログを読んでいただいている方でこの用語が分からない人はないと思うが、念のために言うと、単独の音を聞いてそれが「中央ハ音」とか「その上のソ♯」とか答えられるような能力を言う)は従来、人によって持っている場合と持っていない場合があり、それは訓練の結果もあるが遺伝的にもある程度決まっているというような考え方があったが、著者は、音楽の素人であってもある歌を繰り返し歌う場合そのピッチは原則として一定している等の実験結果から、どんな人間にも絶対音感はあるという事実を証明した実績によって学界に認められた経緯があるらしい。すなわち、人間には生来の絶対音感があり、音楽の認識把握のためには絶対音感と相対音感が相まって利用されている、というのが結論であるようだ。

 

この問題には非常に興味を惹かれるので、ここでは詳しく追究せず稿を改めて論じたいが、一つ言っておきたいのは音楽においては、意識によって明確に認識できる要素(構造化できる要素)と明確に認識できない要素(構造化が難しい要素)があることである。「相対音程」は前者で「絶対音程」は後者、「リズム」は前者で「テンポ」は後者である。絶対音程をある程度人間が認識できることは間違いないし、それが音楽的聴取に大きな意義を持っていることも確かだ。しかし両者の間には大きなギャップがあって、それが何に起因するかこそが大きな問題である。これについては拙著を読んでいただければ幸いであるが、それが音楽におけるいろいろな疑問に答えるカギになるのではないかと私は考えている。かつまた、「音楽において何が記憶されるのか」という問題も、その点の解明なくしてはあり得ない、というのが私の考え方である。

 

そういう考え方からこの「多痕跡理論」を見ると、本書を読んだだけでそれが何を言いたいのか明確に理解することはなかなか難しい。もちろん、その内容について何も知らない者がうかつなことを言う資格はないのだが、このあたりがこの著者独自のフィールドではないかと思うので、もう少し具体的な内容を説明してもらいたいな~と思うのは、私の認識不足だろうか。

 

その他の問題も全体に非常に興味を惹かれるのだが、どうも結論としては「各論併記」の展覧会状態になっていて、確信をもって断言しているのは、音楽はスティーヴン・ピンカーの「チーズケーキ」ではない何かである、と言っている部分ぐらいのイメージである。とは言うものの、本書は私が50年来疑問に思ってきた様々な問題が、私だけの問題意識でないことを改めて認識させてくれた。また著者がこの部門のエキスパートであることは間違いなく、脳神経生理学上の技術の進んだ今日また同様の本を書いてくれれば、様々な疑問により肉薄できるのではないかという期待を抱かせるものである。

 

さて、この本を読んだことで、次回のブログでは私の「絶対音感」に関する深い悩み(学問上でなく個人的な悩み)について、(バカにされるのを覚悟の上で)初めて他人に打ち明けたいと思っている。